参道整備のご案内

7月8日より、旧東海道からお寺に向かう参道の舗装工事が始まりました。これにともない、これまで西側から駐車場に入る入り口を封鎖しております。工事は7月下旬には出入りが可能になると思いますが、しばらくこちらから侵入することはできません。法源寺へお越しの際は、東側の入り口から駐車場にお入りください。

また、参道に隣接する西側の空き地(寺院側半分)に駐車場を設けることとなりました。こちらも今月中には完成予定です。例年お盆の時期は駐車場が混雑しますが、駐車可能台数が増えますので、お車での参拝がいっそう便利になるかと思います。

工事の間はご不便をおかけしますが、ご理解ご協力の程どうぞよろしくお願いいたします。

【7月の言葉】思い 思われ 手を合わす

私たちが手を合わせ、極楽浄土の阿弥陀さまや
ご先祖さまを思うとき、その方々も私たちを思ってくださるのです。
When you place your palms together and think of those who have passed, they are watching over you.
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浄土宗月訓カレンダーの7月の言葉。
字は大本山善導寺第68世法主日下部匡信台下の揮ごうです。
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「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

「馬鹿」っていうと
「馬鹿」っていう。

「もう遊ばない」っていうと
「もう遊ばない」っていう。

これは大正時代末期から昭和初期にかけて活躍した童謡詩人、金子みすゞの詩「こだまでしょうか」の前半です。東日本大震災の後、テレビで繰り返し流れていたのでそれを覚えている方もいらっしゃるでしょう。
この詩はこう続きます。

そうして、あとで
さみしくなって、

「ごめんね」っていうと
「ごめんね」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、誰でも。

思えば思われるという言葉がありますが、優しい言葉をかければ優しい言葉が返ってくる、冷たい態度を示せば冷たい態度が返ってくる、そうした人と人との関係性を描いた詩です。

法然上人が師と仰いだ唐の善導大師は『観無量寿経疏』の中で、「彼此の三業あい捨離せず」(彼此三業不相捨離)と言っています。

彼(ひ)とは阿弥陀如来のこと、此(し)とは我々のこと、三業とは身体、言葉、心の三つの行いのことを言います。つまり、私たちの行いや言葉、思いを見聞きし受け止めており、我々が阿弥陀仏のことを想い続ければ、阿弥陀仏もまた私たちのことを想い続けてくださるということです。

これは単なる比喩ではありません。

私たちがお念仏を称え、阿弥陀仏を想うとき、その声は空に消えるのではなく、必ず聞き届けられ、応えてくださいます。呼べば、必ず返ってくる。それは、ご先祖との関係にも通じるものです。

お盆に手を合わせ、亡き人の名を呼ぶとき、返事は聞こえません。けれども、こだまが山に向かって放った声を必ず返すように、その思いは一方通行では終わりません。極楽浄土からご先祖もまた、こちらを見つめ、私たちのことを想ってくださっています。

「もう会えないから」と心を閉ざしてしまえば、その思いもそこで止まってしまいます。しかし、手を合わせ、語りかけ続ける限り、その思いは必ず届き、そしてまた返ってくるのです。

思い 思われ 手を合わす

呼べば応え、想えば想われる。それは阿弥陀さまとの関係であり、ご先祖との関係でもあります。7月に入り、当山でもそろそろお盆の準備が始まります。思うだけでなく手を合わすという行為を、手を合わすだけでなく思いを込めるという意識を大切にお過ごしいただければ幸いです。

南無阿弥陀仏

ジャガイモの収穫

6月11日(木)、飛び地境内の畑でジャガイモ掘りをしました。

法源寺では2021年に農園部を立ち上げ、不登校・ひきこもりの若者を支援するNPO若者相談窓口「ココ☆カラ」さんの力を借り、就労をめざす若者たちが社会体験を積む場として一緒に活動してきました。これまで10代から30代まで、さまざまな若者が参加してくれました。

この日は3月初旬に植えたジャガイモの収穫です。今年はキタアカリを植えましたが、出来はどうでしょうか? マルチをはがして、土をほぐすと、大きなジャガイモがゴロゴロ出てきました。今年も大豊作で、ご近所さんにもたくさんおすそ分けすることができました。力仕事でひと汗かいた後はみんなでアイスを食べ、お互いに労をねぎらいます。

この日は5人の若者が参加してくれました。それぞれにたくさんジャガイモが入った袋を持ち帰り、みんな満面の笑顔です。穫れたジャガイモは本尊様にもお供えしました。

こうやって仏様に見守られながら活動が続いてきます。
身近に気になるお子さん、若者がいらしたらぜひお声かけ下さい。

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※本活動は、公益財団法人浄土宗ともいき財団の助成を受けています。

法源寺第二十三世内室 四十九日法要

6月7日、法源寺第二十三世髙瀨功旭上人 内室 髙瀨美智枝の四十九日法要(満中陰法要)を親族のみで行いました。先代内室には子が2人、孫が6人、ひ孫が11人います。それぞれの伴侶を合わせると、親族のみといっても総勢27名でのにぎやかな法要となりました。

当山のある地域では写真にあるような七本塔婆を用意し、七日ごとの供養が終わるたびに裏返していきます。当日は立ち日(命日)からすると六七日法要にあたりますが、皆がそろうこの日に七七日(満中陰)法要を営みました。

雨が心配される天候でしたが、納骨まではなんとか降らず、無事お勤めすることができました。納骨後は、お斎の席があり、先代内室の写真を見ながら思い出話に花を咲かせました。

こういう機会を大切にしていきたいと思います。

南無阿弥陀仏

【6月の言葉】慈悲の雨 心潤す

雨が大地をうるおすように、仏様の慈悲の心は
あらゆる人々の注がれています。
それに気づくとき、私たちの心も満たされるのです。
Amida Buddha vowed to save all beings.
Remembering this brings serenity to your heart.
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浄土宗月訓カレンダーの6月の言葉。
字は大本山善導寺第68世法主日下部匡信台下の揮ごうです。
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6月といえば梅雨の季節。しかし、雨がなかなか降らず、空梅雨気味の日々が続いています。東海地方の梅雨入りはまだ先になりそうです。

当山には不登校・引きこもりの若者を支援するNPOココ☆カラさんと一緒に運営する農園があり、境内でじゃがいもや夏野菜を育てています。この時期、作物の成長には水が欠かせません。雨が降らない日が続くと、土はみるみるうちに乾いてしまいます。先日、植え付けたサツマイモのツルもこの暑さと水不足で何本か干からびてしまいました。


しかし、梅雨入りしたらしたで、しとしとと続く雨に、今度は水のやりすぎを心配してしまいます。実が割れてしまわないか、病気にかからないかなど、あれだけ欲していた恵みの雨が、今度は心配のタネとして感じられます。人の心とは、つくづく勝手なものですね。

自然は人の都合で「ほどよくちょうど」とはなりませんが、田んぼの稲も、畑の野菜も、庭の草花も、何一つ育ちません。雨は、生きとし生けるものを養う、大切な恵みなのです。

「慈悲」という言葉は、サンスクリット語の「マイトリー(慈)」と「カルナー(悲)」に由来します。「慈」とは楽しみを与えること、「悲」とは苦しみを取り除くこと。この二つが合わさって「慈悲」という言葉になります。

仏さまの慈悲は、まさにこの雨のようなものです。

「慈悲」という言葉は、サンスクリット語の「マイトリー(慈)」と「カルナー(悲)」に由来します。「慈」とは楽しみを与えること、「悲」とは苦しみを取り除くこと。この二つが合わさって「慈悲」という言葉になります。
仏さまの慈悲は、まさにこの雨のようなものです。

雨は、豊かな庭にも、乾いた荒れ地にも、分け隔てなく降り注ぎます。大人にも子供にも、怒りっぽい人にも、優しい人にも、勉強が得意な人にも、スポーツが得意な人にも、楽しい気分の人にも、悲しい気分の人にも、すべての人々の上に平等に。

法然上人は、浄土宗を開かれたとき、念仏の教えを誰もが受け取れるものとして広められました。修行を積んだ僧侶だけでなく、農民も、商人も、武士も、老いた人も、幼い子も、どんな人でも「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えることで救われる、と説かれました。まさに慈悲の雨は、万人の上に降り注ぐのです。

ところで、雨が恵みとして植物に吸収されるためには、そもそも大地が潤いを受け入れる状態でなければなりません。カチカチに固まった土には、雨水がうまく染み込まず、表面を流れてしまいます。心も同じで、疑いや頑なさでガードを固めてしまうと、せっかくの慈悲の雨も心の奥まで届かないことがあります。

忙しさや、悲しみ、人間関係の疲れで、私たちの心はついつい固くなってしまいます。そんなとき、手を合わせてお念仏を称えてみてください。

声に出してお念仏を称えることは、固まった心をほぐす一つのきっかけになります。仏さまの慈悲の雨が、少しずつ心に染み渡っていくのを感じることができるかもしれません。

慈悲の雨 心潤す

私たちの心には、今日も静かに、慈悲の雨が降り注いでいます。
その恵みを受け取れるよう、心を柔らかく耕しましょう。

南無阿弥陀仏



令和7年度岳陽組檀信徒総会

5月23日、富士宮の大頂寺さまにて岳陽組の檀信徒総会が行われました。令和7年度の事業報告と決算報告、そして令和8年度の事業計画案と予算案が審議され、無事承認をいただきました。

今年度は9月17日に大井川文化会館で教区檀信徒大会が行われるほか、11月末には岳陽組としてのおてつぎ信行奉仕団の予定がございます。ぜひ多くの方にご参加いただけたらありがたいです。【教区檀信徒大会の様子】 【おてつぎ信行奉仕団の様子

総会の後は浄土宗特任布教師で、知恩院、増上寺、金戒光明寺と総・大本山の布教師をつとめていらっしゃる樋口法生上人(宮城教区・慈恩寺住職)をお招きし、「震災を通じ本願をかみしめる」と題した法話をいただきました。

樋口上人のご出身は宮城県石巻市。東日本大震災の津波で大きな被害を受けた地域の一つです。津波で流された方の遺体が数多く収容され、その遺体の火葬が間に合わず、仮埋葬(土葬)という形で次々と埋葬されていきましたが、遺族からはせめて火葬だけはしてあげたいとの願いで山形県や岩手県の自治体での火葬を行う人も少なくなかったようです。

辛い別れを経験した遺族は故人に対し、安らかに、そしてもうこれ以上苦しむことがないように、との思いが強かったとのこと。何ができるわけでもありませんが、浄土宗僧侶としてただ一つ言えることは、阿弥陀様はどんな方でも救い取って下さる。阿弥陀様のいる極楽浄土は心安らかになれる場所であるということだけであると。

こうした震災当時のお話を交えながら、法然上人の御法語にある「ある時には世間の無常なることを思いてこの世のいくほどなきことを知れ。ある時には仏の本願を思いて必ず迎え給(たま)えと申せ」という一節を解説くださいました。

現代語訳するなら「ある時には、世間が無常であることを思って、この人生がさほど長くないことをわきまえなさい。またある時には、阿弥陀仏の本願を思って、「必ず極楽へお迎えください」と口に出しなさい」となるでしょう。

私たち凡夫は、限りある命、この世は無常と頭で知ってはいても、命がいつまでも続くがごとく日々を過ごしています。そう思わずに、阿弥陀様のわが名を称えるすべての人を極楽浄土に迎え入れるという誓い(本願)を頼みに念仏に励みましょうということです。

ご自身の体験から実感を得て語られる力強いお言葉に、多くの聴衆が深くうなずいておりました。心に染み入るご法話を頂戴し、まことに良きお時間を過ごさせていただきました。

南無阿弥陀仏

会葬御礼

法源寺第二十三世髙瀨功旭上人 内室 故 髙瀨美智枝(享年98才)儀、葬儀に際しましてはご多用中にもかかわらず大勢の方のご会葬を賜り、またご丁寧なるご厚志をいただき、誠にありがとうございました。

皆様がお称え下さったお念仏のおかげで、美智枝刀自も極楽浄土にいる功旭上人との再会を果たせたと思います。心より感謝申し上げます。

本来、直接拝趨の上、ご挨拶申し上げるべきところ、略儀ながら文面をもって御礼申し上げます。

南無阿弥陀仏

法源寺 山主

訃報(先代住職内室)

法源寺第二十三世髙瀨功旭上人の内室で、現住職の母である髙瀨美智枝が、4月30日、世寿98才にて極楽往生いたしました。通夜、葬儀は法源寺本堂にて以下の日時に執り行います。生前のご厚誼を深謝し謹んでお知らせ申し上げます。

通夜:5月6日(水)18時
葬儀告別式:5月7日(木)10時30分(出棺:正午)

南無阿弥陀仏

【5月の言葉】まず一呼吸

がんばりすぎたり、焦ったりしていませんか。
そんなときは一息ついてみましょう。
落ち着いて取り組めるようになりますよ。
Before impatience and irritation carry you away, pause and breathe deeply.
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浄土宗月訓カレンダーの5月の言葉。
字は大本山善導寺第68世法主日下部匡信台下の揮ごうです。
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早いもので今年も3分の1が終わりました。
春に進学や就職、さらには定年退職など、新たなライフステージを迎えた方も多いでしょう。ひと月経って、環境に徐々に慣れ、生活にリズムが出てくるころではないでしょうか。

これまでは自分のことで手いっぱいだったのが、だんだんと余裕が出てくると、つい周りが気になってしまいます。

大学で初めて仲良くなった友人の課題の出来が全然違うとか、一緒に入社した同期の営業成績が自分よりもすごいとか、リタイア後、自分は毎日ぐうたらしているのに、あの人は第二の人生のスタートをうまく切っているとか。

隣の芝は青いとはよく言いますが、他人と自分を比べて一喜一憂してしまうが私たち凡夫です。

最近はSNSの普及・発達で知らない誰かの生活と自分を比べてしまう人も少なくないのだとか。Instagram やX(旧Twitter)には、見ず知らずの人たちのキラキラした情報があふれています。そしてこれらSNSはアルゴリズムによって私たちが興味のありそうなものが勝手に紐づけられ、画面に出てくるように仕向けられています。

あんな生活してみたいなぁ
自分にもラッキーなことが降って湧いてこないかなぁ
うまいこと成功できてうらやましいなぁ

誰しもこんな気持ちを持ったことあるのではないでしょうか。
そして心がだんだんと疲弊していく。

心を回復させるのに効果的な方法の一つがデジタルデトックスです。
デトックス(Detox)とは、英語で「解毒」を意味するdetoxification(デトキシフィケーション)の略語で、体内に溜まった有害毒物を排出させることを意味します。この電子機器バージョンが、デジタルデトックスです。

友人とつながりたい、趣味の活動を発信したいなど、楽しみで始めたSNSも気づけば情報過多で疲れてしまうこともあるでしょう。過ぎたるは及ばざるがごとしの典型です。

しかし、スマホにアプリが入っていれば、つい目にしてしまうのが人間の性。そこで、スマートフォンを預け、物理的にデジタル空間から距離を置くということです。いたずらに他者と比較することがなくなり、結果として自分の心と向き合う時間が増やせます。

実はこれ、修行の時も全く同じでした。

修行に行くと、最初、携帯電話や本、雑誌など、修行に不要なものはその道場の係の人に預けます。もちろん修行道場にはテレビや新聞もありません。お寺の外の世界と完全に切り離され、物理的に修行だけにしか集中できない環境を作るのですね。

深呼吸は日常の中で自分の意識を自分にむけるスイッチとも言えます。

まず一呼吸

周りと自分を比較しなくてもいいんです。
気になってしまう時は一呼吸して、ゆっくり考えましょう。
落ち着きを取り戻せたら、また大きく前に進む力が得られることと思います。

南無阿弥陀仏

岳陽組春の団参(大樹寺、真福寺、岡崎城)

4月11日、初夏を思わせる絶好の行楽日和の中、岳陽組の皆様と団参で岡崎へ参りました。今回、法源寺からは21名、そのほか富士、富士宮、沼津の浄土宗寺院檀信徒の皆様とご一緒し、大型バス3台、110名での団参となりました。

まずは大樹寺に参拝し、住職の中村康雅上人からご法話をいただきました。
大樹寺は、徳川家康の先祖、松平家の菩提寺として知られています。また、徳川家康の旗印「厭離穢土 欣求浄土」の逸話の生まれた場所でもあります。

桶狭間の合戦の後、今川方にいた家康(当時・松平元康)は、今川義元討死の報せを聞きました。敵の織田方も自分を討つために追っ手を差し向けてきます。敵の手にかかるくらいならと、ここ大樹寺にあった先祖の墓の前で自害を遂げようと思いましたが、その時、大樹寺住職であった登誉天室上人は元康を「こんな乱世を泰平の世にするのがあなたの務めなのだ」と諭し、切腹を思いとどまらせました。

ここから家康は、穢れた乱世を厭い、浄土のような天下泰平の世を築くことを目指すため「厭離穢土 欣求浄土」の旗印を用いたようです。

大樹寺の三門からは、はるか遠くに岡崎城が望めます。これをビスタラインというそうです。

これは、徳川三代将軍家光が、寛永18年(1641年)、祖父・家康の十七回忌を機に、徳川家の祖先である松平家の菩提寺である大樹寺の伽藍の大造営を行い、「祖父生誕の地を望めるように」との想いから、本堂から三門、総門(現在は大樹寺小学校南門)を通して、その真中に岡崎城が望めるように伽藍を配置したことに由来しています。
歴代の岡崎城主は、天守閣から毎日ここに向かって拝礼したとも伝えられています。

大樹寺参拝の後は、天台宗・真福寺で参拝とともに竹膳料理をいただきました。器からお盆まですべて竹でできている、筍尽くしのお膳です。筍だけでこんなに料理の種類があるのかと驚きながらも、シャキシャキした食感に箸が進み、みなさん満足のご様子でした。

最後は岡崎城に立ち寄りました。ここから先ほどのビスタラインを逆に眺め、大樹寺が見えるかなと挑戦してみました。天守閣頂上には、望遠鏡が設置されており、それを覗くと確かに大樹寺の本堂屋根が見えます。そのあと、外へ出て写真でとってみたのですがご覧になれますでしょうか。

中央からやや右上にある屋根が大樹寺本堂です。歴代の岡崎城主はここからこうして手を合わせていたのでしょうか。これだけ時代が経って、周りの建物などずいぶん変化がある中で、変わらずに見えるものというのは素晴らしいですね。

春の穏やかな陽気の中、仏法と歴史にふれる楽しい一日となりました。
ご参加下さったみなさま、ありがとうございました。

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