春彼岸信行会をお勤めしました

暑さ寒さも彼岸までと言いますが、この1週間はみぞれが降るほど冷え込んだり、汗ばむ陽気になったり、体調管理が難しい1週間でした。

そのようななか、17日には春の彼岸を迎え、中日である20日にはの春彼岸信行会を本堂にておつとめしました。

彼岸は中日を境に前後3日ずつありますが、この1週間の間に彼岸(=さとりの世界、浄土)へ行くための仏道修行を行う時期と言われています。仏道修行は以下の6つで、これらを六波羅蜜と呼びます。

布施(ふせ)・・・貪りの心を捨て他者に施すこと
持戒(じかい)・・・きまりを守ること、もし破ったら悔い改めること
忍辱(にんにく)・・・ぐっとこらえて我慢すること
精進(しょうじん)・・・努力を怠らないこと
禅定(ぜんじょう)・・・心を静かに精神集中すること
智慧(ちえ)・・・偏らない心で物事を正しく見ること

中日は春分の日で、ちょうど太陽が真東から上がり、真西に沈む日です。
沈む夕日の先には西方極楽浄土があるといわれています。
西方極楽浄土には先立った方々がいらっしゃると信じられてきました。
西に傾く太陽のその先に西方極楽浄土を想い浮かべ、そこにいらっしゃる故人に思いを馳せ念仏にいそしむのがお彼岸のあるべき過ごし方と言えるでしょう。

そうはいってもみなさまお忙しく、なかなかお参りに来ることは難しいようで、今回の信行会は少人数でのお勤めとなりました。
しかし、念仏一会の時間をたっぷりとり、礼拝も行いましたので、阿弥陀様のお顔を見ながらしっかりとお念仏をとなえることができたのではないかと思います。

忙しい日々の中で足を止めて、家族のこと、自分のことを想いながら時を過ごす。

ご参加いた皆様にとっては、そのような時間になったのではないかと思います。
一人ひとりの念仏の声がだんだんと大きくなり、本堂によく響いた春彼岸のお勤めとなりました。
よくぞお参りくださいました。

南無阿弥陀仏

【3月の言葉】香薫にあの人を想う

3月はお彼岸の月です。漂う春の香りに、極楽浄土の大切な方々へ想いを寄せるひと時としてください。
With scents of spring at Ohigan (equinox), let us turn our thoughts to the loved ones in the Pure Land.
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浄土宗月訓カレンダーの3月の言葉。
字は大本山増上寺第89世法主小澤憲珠台下の揮ごうです。
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2月は寒い日が続きましたが、このところ気温がぐっと暖かくなってきました。
花粉もちらほらと飛んでいるようで、花粉症にはつらい季節が始まります。

3月は春の彼岸のある月です。このお彼岸の時期にお墓参りに行かれる方も多いでしょう。

今年は、3月20日が春分の日(お中日)ですので、その前後3日間を含め7日間がお彼岸になります。当山では20日の18:30より彼岸信行会を行います。ぜひ本堂にお参りいただければ幸いです。

さて、今年の月訓カレンダーの3月の言葉は、「香薫にあの人を想う」です。

香薫は香と薫という二つの文字が組み合わさっています。どちらも「かおり」を意味するものですが、少しニュアンスが異なります。

「香」という字は、鼻で感じられるよい匂いがすることを意味し、具体的に感じる匂いとして用いられます。一方、 「薫」は、どことなく匂うという意味で、漂っているにおい、肌で感覚的に感じられることに対して使われ、比喩的・抽象的な表現に用いられるといいます。

仏教には、薫習(くんじゅう)という言葉があります。薫習とは、香りが物に染みつく様子になぞらえた表現で、人の精神や行いが別の人の心にまで影響を与えていくことを意味します。たとえば、よい人と行動を共にしていると、気がつかないうちに自分もよい行動をとるようになる、といったことです。

自分の考え方や行動は亡き人の薫習の賜物かもしれません。今月の言葉には、お線香のよい香りが亡き人の記憶を喚起するだけでなく、自分の内側にあるものにふと気づいた時に、亡き人の存在やありがたさにあらためて気づく、という深い意味があるように思えます。

ぜひこの春彼岸を機縁として、この世では会えない大切な人に想いを寄せてみてください。

みなさんは香薫の向こうにどんな人を想い浮かべますか?

南無阿弥陀仏

涅槃会と絵解き―「如是我聞」の秘密

2月15日は、お釈迦様が涅槃に入られた(亡くなられた)日といわれています。涅槃(ねはん)とはサンスクリット語のニルバーナを音を漢字にあてたもので、さとりの境地、苦しみが消滅した状態を意味します。当山では、2月15日の13時より、後世に残る仏教の開祖であるお釈迦様のご遺徳を偲び涅槃会を厳修いたしました。

涅槃会の後は、「絵解き」を行いました。絵解きとは図像の解説のことです。

少しご紹介しますと、お釈迦様が横になっているすぐ下に、伏してうなだれている若いお坊さんがいます。この人は阿難(あなん)といい、お釈迦様に付き従い、身の回りの世話をしていたお弟子さんです。お釈迦様の十大弟子の一人で、お付きとして常に説法を聴いていたことから多聞第一(たもんだいいち)と呼ばれていました。師として長年仕えてきたお釈迦様の入滅に際し、自分はこれからどうしていったらいいのかと嘆き悲しむ様子が描かれています。

阿難はその後、仏典の編集で大きな功績を残します。

中央下にいる若い僧形の人が阿難です

多くのお経は「如是我聞」(かくのごとく、われ聞けり)で始まることが多いのですが、この「我」とは阿難のことです。お釈迦様が亡くなった後、弟子たちが集まって、教えを書き記そうとしました。これが後にお経となるのですが、その際、お釈迦様のそばでよく説法を聞いていたことから、阿難は経典の編集者として重宝されることになります。

もし阿難がいなければ、如是我聞(現代語訳:お釈迦さまからこのようにうかがいました)といって始まるお経はなかったかもしれません。

2月いっぱいまでおまつりしてありますのでぜひご覧ください。

涅槃図と武田信玄騎馬像の展示

当山では毎年2月に涅槃図を本堂におまつりしています。

法源寺に伝わる涅槃図は、弘化4年に当時の檀信徒の寄進によって収められたとの記録が残っています。弘化4年といえば、西暦1847年です。ペリーが黒船に乗って浦賀沖に現れたのが1853年ですから、それよりも6年前に作られたものです。180年近く経ちますが、色はとても鮮やかに残っています。

また、今年は巳年ということで、巳年生まれの戦国武将・武田信玄騎馬像も堂内に展示いたしました。こちらの騎馬像は当山檀家で、もともとは武田家の家臣であった高田家所蔵の逸品でしたが、高田家よりご寄進いただき、これを機縁として当山で修復、保管してまいりました。戦国時代、富士山の南麓は武田、北条、今川の三氏の勢力争いの境界線でしたので、この騎馬像の伝来の話はそうした名残を感じさせます。

どちらも2月いっぱい本堂におまつりしております。

2月15日(土)午後1時からの涅槃会にあわせ、涅槃図は絵解きも行います。

どうぞご覧くださいませ。

南無阿弥陀仏

【1月の言葉】新たな芽の出る年に

今年はどんな年になるのか、どんなことをしようか、
そんな期待にワクワクしながら、目標を立てるのもいいものですね。
This is the year to take another step forward.
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浄土宗月訓カレンダーの1月の言葉。
字は大本山増上寺第89世法主小澤憲珠台下の揮ごうです。
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新年あけましておめでとうございます。

一年の計は元旦にありと言いますが、みなさんはどのような目標を立てましたか?
これまで続けてきたことがもっと上達するようにと願う人もいれば、新たな事に挑戦しようという人もいるかもしれません。受験や就職などまさに今正念場を迎えようとする人もいるでしょう。新年の決意は人それぞれですが、どんな目標でも立てて、そこに向かって努力することが大切です。

今年の月訓カレンダーの1月の言葉は、「新たな芽の出る年に」です。

新たな芽が出るには、枝から栄養を送らなければなりません。
枝から栄養を送るためには、幹がしっかりしていなければなりません。
幹がしっかりするためには、根が深く張られていなくてはなりません。

私たちが日々行っている何気ないことも、実は新たな芽を吹くための根っこになっているのかもしません。一日一日、一言一言、一挙手一投足を大切に、暮らしてゆきたいものです。

さて、今年は巳年。干支の動物はヘビです。ヘビは金運の象徴としてよく知られていますが、脱皮をすることから再生や新たな命の象徴としても崇められています。

年頭に思い描いた新たな自分に生まれ変わる一歩をともに進んでまいりましょう。

南無阿弥陀仏

岳陽組おてつぎ信行奉仕団

11月30日〜12月1日にかけ、静岡教区岳陽組の檀信徒の皆様と一緒におてつぎ信行奉仕団として総本山知恩院に登嶺して参りました。

御影堂前には開宗の御文が!昨年、上宮高校の書道部のパフォーマンスをちょうど目にしたものですので、ここで再会できたことを嬉しく思いました。

他教区の寺院様とご一緒に結団式をした後、別時念仏に励み、境内の掃除と、充実した一日を過ごしました。

身体と心を働かせた後の夕飯の美味しいこと美味しいこと。みなさんも和気藹々とした雰囲気で楽しんでおられました。

2日目の朝は阿弥陀堂でのお勤めから。その後、御影堂に移動して別回向を頂戴しました。肌を刺すような空気で目が覚めましたが、御影堂を出ると朝日に照らされた京都の街並みが見えとても美しく感じられました。

信行奉仕団としてはここまでで、朝ごはんをいただいた後は、お楽しみタイムに。まずは、京都国立博物館で開かれている『法然と極楽浄土展』を鑑賞。この春、東京国立博物館でも行われていましたが、こちらの展示は東京とはまた少し違った雰囲気でした。法然寺(讃岐)の涅槃群像の並びもやや違っていましたが、こちらもまた素晴らしいものでした。

その後は、真言宗智山派の総本山智積院を参拝。こちらの会館でお昼をいただき、境内を拝観させていただきました。長谷川等伯の障壁画の煌びやかさは言うまでもありませんが、近代の画家・堂本印象のポップな襖絵も寺院建築との相性が良く、魅入ってしまいました。境内では美しく色づいた木々が目を楽しませてくれ、大変優雅なひとときを過ごすことができました。

その後はバスで静岡へ。皆無事に帰ってくることができました。こうして檀信徒の方々と体験を共有できるのは嬉しいことですね。

みなさまお疲れさまでした!

南無阿弥陀仏

吉水先生ご法話「真の佛教徒とならん」

先日の十夜法要ならびに開宗850年慶讃法要へのご参加ありがとうございました。

当日ご参加できなかった方や遠方の方、はては同じ浄土宗の僧侶の方々から、吉水上人のご法話をぜひ聞きたいとの声を頂戴いたしました。
そこで記録用に録画したものを公開してよいか吉水上人にお願いしましたところ、ご快諾いただきましたので、多くの方にお聞きいただければ幸いです。

本当に素晴らしいご法話です。

南無阿弥陀仏

【吉水岳彦(よしみずがくげん)上人プロフィール】
1978年生まれ。2009年に若手僧侶有志と「社会慈業委員会 ひとさじの会」を発足。以来、ホームレス状態にある人や身寄りのない人の葬送支縁、浅草山谷・上野地域における炊き出し夜回り、東日本大震災被災地支縁に取り組んできた。一方、2016年には病院のスピリチュアルケアワーカーとしての活動を開始。2017年に、自坊に「こども極楽堂」を開設し、子どもの居場所支縁を行う。現在、浄土宗光照院住職、大本山増上寺布教師、ひとさじの会事務局長、大正大学非常勤講師、淑徳大学兼任講師、東京慈恵医科大学病院非常勤講師。公益財団法人仏教伝道協会 第58回仏教伝道文化賞・沼田奨励賞 受賞。

令和6年十夜法要並びに開宗850年慶讃法要を行いました

10月14日(月・祝)、当山の最大行事である十夜法要を厳修いたしました。今年は法然上人が浄土宗を開いてから850年の節目の年にあたりますので、十夜法要と併せて開宗850年慶讃法要も執り行いました。

法要後のご法話は、東京教区光照院住職の吉水岳彦上人をお招きし、「真の佛教徒とならん」と題したお話をいただきました。

吉水上人は、2009年、生活困窮者支援団体「ひとさじの会」を立ち上げ、現在も事務局長として、東京山谷地域の身寄りのない方々の支援を行っています。そうした活動を通じた体験談から始まり、どんなに至らない私たちでも救っていただける阿弥陀如来さまのお慈悲の心をありがたく受け止め、念仏の生活を送ることこそ本当の仏教徒であることをお話しくださいました。

たねかんがごとし。かまえて善人ぜんにんにして、しかも念仏ねんぶつしゅすべし。これを、真実しんじつ仏教ぶっきょうしたがものというなり。(随順仏教『念仏往生義』)

雑草だらけの畑では、よい種をまいてもなかなか良い作物は実らないでしょう。善い行いをして(あえて悪いことをしないで)、私たち自身の身を正しく保ち、そのうえで往生の種となる念仏を一生懸命となえること。これこそが誠の仏教徒であるということです。

法要後には、「最後のお十念で胸がジンと熱くなった」「素晴らしいお話で孫を連れてくればよかった」とのお声をいただきました。また、「その昔、戦災孤児を見ても何もできなかった。なんとかそんな思いを形にしたい」といって、ひとさじの会にご寄付くださる方もいらっしゃいました。さらには、この法話を聞くために焼津からお見えになった檀信徒以外の方もいらっしゃいました。

当日お見えになった方は50名ほどですが、みな一様に法悦に触れ、心豊かに生きる糧をいただいたのではないかと思います。

このようにして、おかげさまで開宗850年を祝うのに相応しい十夜法要をお勤めすることができました。開催にあたってお力添えを賜った総代、世話人の皆様、ご参加のみなさまに、あらためて御礼申し上げます。

南無阿弥陀仏

令和6年十夜法要ご案内

今年もお十夜の季節がやってまいりました。

法源寺を開基した観譽祐崇上人は、室町時代、浄土宗に十夜法要の勅許を得た高僧です。よって当山では、十夜法要を最も由緒ある年中行事として500年以上にわたって継承してまいりました。

今年は法然上人が浄土宗を開いてから850年の節目の年にあたります。そこで十夜法要と併せて開宗850年慶讃法要を下記要領にて厳修いたします。

13:00 受付開始
14:00 法要開始
14:50 法話「真の佛教徒とならん」吉水岳彦上人
15:50 終了予定

法要後には東京光照院住職の吉水岳彦上人をお招きし、ご法話をいただきます。吉水師はNHK「こころの時代」にもとりあげられた念仏実践と社会実践を車の両輪の如く大切に行われている、現代の聖(ひじり)です。

信仰をもって生きるとはどういうことか、仏様の平等の救いを実践できぬもどかしさを抱えながら社会とどう向き合って生きていくのか、混沌とした現代社会だからこそ、私たちの心に響くお話であることは間違いありません。

どうぞお誘いあわせのうえ、ぜひご参加ください。

南無阿弥陀仏

【10月の言葉】同じ月を眺めている

阿弥陀さまはすべての人に慈悲の光を注いでくださいます。
月は場所によって見え方が違っても等しく私たちを照らしているように。
The moon may look different depending on where you are, but it shines down equally on us all.
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浄土宗月訓カレンダーの10月の言葉。
字は大本山金戒光明寺清浄華院第76世法主藤本淨彦台下の揮ごうです。
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つきかげのいたらぬ里はなけれども
ながむる人の心にぞすむ

浄土宗の檀信徒であれば、この和歌を一度は耳にしたことがあるでしょう。
これは浄土宗を開かれた法然上人が詠まれた歌といわれています。

その意味は、「月の光が照らさないところはありませんが、月を眺める人の心にこそ、月の光が澄み渡るのです」というものです。

ここでいう、月の光とは阿弥陀様のお救いの光明のこと。仏さまは皆を救おう救おうと思ってその光で私たちを分け隔てなく照らしてくださいますが、その光源である阿弥陀様の方向を見なければ、つまり、その教えに心を向けなければ、救いの光を受け損ねることになります。

法然上人はまたこういう御歌も詠まれています。

露の身はここかしこにて消えぬとも
こころは同じ花のうてなぞ

この歌は「私たちの命は、露のようにはかなく、いつ尽きるとも限りませんが、念仏を称える者は必ず極楽浄土に往生し、蓮台(=うてな)で再び会うことができますよ」という意味です。

法然上人が活躍された時代、念仏だけで救われるという教えは、厳しい修行こそがさとりへの道であるとする既存の仏教界から大いに批判を受けました。とくに、比叡山や興福寺などは朝廷に働きかけ、念仏の教えを止めさせることを要求していました。

弟子の咎もあり、その責任を取らされる形で法然上人は四国の土佐へ流されることになりましたが(実際は讃岐で止め置かれました)、上人に深く帰依していた先の関白・九条兼(くじょうかね)(ざね)公は上人との別れを悲しみ、もう今生では二度と会えないかもしれないと嘆きの手紙を送りました。これに対する法然上人の御返事が先ほどの御歌です。

同じ月を眺めている

スマホひとつで相手の声も聞け、姿も見られる現代社会では、会えない寂しさを紛らわす術も随分変わってきたことでしょう。しかし、同じ空の下で、同じ景色を見ている、同じ月を眺めているという行為を共有することで、共同性を感じることはできます。

この場合の「同じ月を眺めている」とは、阿弥陀様の教えに心を向けるということ。

極楽浄土は大切な人、親しい人との再会が約束された場所。阿弥陀仏に心を向け、その浄土に救い取られることで、再び会うことができます。

法然上人と九条兼実公、讃岐と京都、距離は離れていてもふたりは同じ月を眺め極楽浄土での再会を願っていたに違いありません。

南無阿弥陀仏

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