秋彼岸信行会&チャリティコンサート開催

9月23日、秋彼岸信行会をおつとめしました。あいにくの雨模様の天気でしたが、足元の悪い中、20名を超える方々にご参加いただきました。

彼岸とは煩悩を離れさとりの世界に行くための仏道修行を実践する期間です。浄土宗の教えでいえば、彼岸とは極楽浄土のこと。極楽浄土を目指し、また極楽浄土にいる懐かしい人々を思い浮かべ、自身の積徳と亡き人の供養を行う期間と言えます。本堂にはそうした思いを持った方々が集まり、木魚をたたきながら一緒にお念仏をおとなえしました。

法要後には村林涼子さんによる熊本震災復興支援のチャリティコンサートも開催いたしました。小さい秋みつけた、糸(中島みゆき)などの曲に続き、熊本にちなんで水前寺清子さんの三百六十五歩のマーチなども一緒に歌いました。また、今回はフルートの演奏にギターの伴奏も加わり、より素晴らしいハーモニーが堂内に響きました。

前回の地震から10年。ようやく復興というさなかに再び大きな地震が熊本を襲いました。人的被害だけでなく、修復が終わった熊本城の石垣が再び崩れるなど大きな被害がありました。実は当山のお檀家さんで、熊本にお住まいの方もいらっしゃいます。

いつか東海沖地震が来るといわれるここ富士も他人事ではありません。それでなくても近年の異常気象では豪雨災害など、地震以外の自然災害も頻発しています。明日は我が身、困ったときはお互い様の精神で助け合いたいものです。

このチャリティコンサートでは20,400円もの浄財が集まりました。いただいたご浄財は支援団体を通じて被災地に届けたいと思います。

みなさまの温かなお気持ちに感謝申し上げます。

南無阿弥陀仏

【9/23】熊本震災チャリティコンサート開催

9月23日18:30からの秋彼岸信行会の後に、今年7月に起きた熊本震災の復興支援チャリティコンサートを開催いたします。

前回の地震から10年。ようやく復興というさなかに再度大きな地震が熊本を襲いました。人的被害だけでなく、修復が終わった熊本城の石垣が再び崩れるなど大きな被害がありました。実は当山のお檀家さんで、熊本にお住まいの方もいらっしゃいます。

いつか東海沖地震が来ると言われるここ富士も他人事ではありません。遠い熊本の地に思いを寄せ、また思いを届けるために、ぜひ足をお運びください。

南無阿弥陀仏

第55回静岡教区檀信徒大会開催

9月17日、焼津市大井川文化会館ミュージコにて第55回静岡教区檀信徒大会が開催されました。当日は、岳陽組からはバスを2台仕立て80名程が参加しました。そのうち、法源寺からは10名ほど参加くださいました。

大会に先立って、総本山知恩院おてつぎ運動推進大会も併修されました。知恩院からは執事の榎本了示上人がお越しくださり、おてつぎ運動が60年周年という節目を迎えること、お念仏の教えを手から手へ継いでいくことの尊さをお話しいただきました。

その後、開白法要、檀信徒総会に続き、講演では能登半島地震で被災した石川県七尾市宝幡寺の高田住職から「能登半島地震を体験して」という講題でお話をいただきました。令和6年元日に起きた大地震、その時の寺院の様子、家族の様子、生かされた命を大切にしながら、災害への備えの大切さについてお話しくださいました。

また、最後には二胡奏者・鈴木裕子さんによる公演もありました。二胡とは中国の伝統的な弦楽器で「中国のバイオリン」とも呼ばれます。人の声にも似た哀愁を帯びた深みのある音色が特徴です。少年時代(井上陽水)、涙そうそう(夏川りみ)、いのちの歌(竹内まりあ)、シルクロード(喜多郎)、麦の唄(中島みゆき)、糸(同前)など耳なじみのある曲を演奏してくださいました。

震災のお話で胸が痛んだ後、優しくメロディに包まれ、とても心が癒されました。
まもなく秋彼岸を迎えますが、いのちの大切さを感じる一日となりました。

南無阿弥陀仏

【9月の言葉】継続 持続 相続

脈々と伝えられてきたお念仏のバトンを私たちも受け継ぎ、保ち続け、そして、次の世代へ
Let us inherit Nembutsu practice, sustain it, and pass it to the next generation.
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浄土宗月訓カレンダーの9月の言葉。
字は大本山善導寺第68世法主日下部匡信台下の揮ごうです。
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9月に入り暑さがいくぶん和らいできました。朝晩は涼しいくらいです。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

古今和歌集に収められた藤原敏行の歌のとおり、これから彼岸にむかってお参りしやすくなっていくことと思います。

「継続」「持続」とは、日々称える念仏を絶やさず続けていくこと。そして「相続」とは、その念仏の教えを、親から子へ、子から孫へと伝えていくことです。
法然上人がお示しくださったお念仏の教えは、800年以上にわたり、こうして途切れることなく受け継がれてきました。それは、ひとりのお坊さんが守ってきたのではなく、無数の家庭の中で、親から子へと静かに手渡され続けてきたからにほかなりません。

ところで、「相続」と聞くと、まず財産のことを思い浮かべる人も少なくないでしょう。近年は、財産は分けて受け継いでも、お墓やお仏壇の「まつり」は受け継がないという人もちらほら出てまいりました。

民法では、財産の相続とは別に、系譜・祭具・墳墓といった祭祀財産は、慣習または指定によって「祭祀を主宰すべき者」が承継すると定められています(民法897条)。つまり、お仏壇やお墓を守っていくことは、財産分けとは別の、もう一つの「相続」として、法律上も位置づけられているのです。

しかし、それは法律で決めれば済むことではありません。「うちはこういうおつとめをしてきた」という姿を、子や孫に見せていく。手を合わせる後ろ姿を見せ、お念仏の声を聞かせる。こうすることで「あぁ我が家はこういう宗旨なんだな。私も大事にしてみようかな」と伝わっていく。この積み重ねこそが、財産以上に大切な、信仰の「おてつぎ」だと思います。

継続 持続 相続

日々の一声の念仏を絶やさず続けること。それを、次の世代に見せ伝えていくこと。
この秋彼岸に、ご先祖への感謝とともに、信仰を手渡していくことの尊さを、あらためて思っていただければ幸いです。

南無阿弥陀仏

おてつぎこども奉仕団

8月20日(木)~22日(土)、総本山知恩院で開催された「こどもおてつぎ奉仕団」に行ってきました。今回、法源寺からは、小学校6年生の男の子1人と小学校4年生の女の子2人、小学校3年生の女の子1人の計4人が参加してくれました。静岡教区以外にも、茨城教区、三河教区(愛知)、伊勢教区(三重)、伊賀教区(三重)など全国各地から100人ほどの子どもたちが集まりました。

初日は結団式の後、おつとめの練習をしたり、知恩院を探検したり、知恩院や浄土宗の教えに肌で触れる一日となりました。

2日目はオリジナル数珠作りをしたり、知恩院前にある白川で水遊びをしたり、さらには謎解きがあったりと、頭と体をいっぱい使う一日でした。

知恩院のご飯は美味しいらしく、「すぐに食べちゃった」と残さずみんな完食できたようです。

楽しいことも多いけど、知恩院での生活は常に修行です。移動の時も、「念仏行道」といい合掌してお念仏をとなえながら移動します。

最終日は、この3日間を振り返って感想文を書いた後、解団式となります。解団式後には、指導員の大学生たちから「また来てね」の声掛けも。参加した子どもたちの感想文を読むと「また来たい」「来年も参加したい」との声があふれていました。

知恩院を下山した後、チーム法源寺は京都水族館へ。イルカやペンギンといった人気者だけでなく、たくさんの種類がいるクラゲにも見入っていました。オオサンショウウオと背比べしたり、あなたは何クラゲタイプ?なんていうクラゲ診断で盛り上がったり、みんな和気あいあいと帰りの新幹線までの時間を過ごしました。

8月の終わりの京都は暑く、熱中症なども心配でしたが皆無事に帰ってくることができました。初めて参加した子も、複数回参加して表彰を受けた子もみんな笑顔で楽しい3日間を過ごせたようです。

小学校3年生から中学校3年生まで参加できます。ぜひ年頃のお子さん、お孫さんがいらっしゃったら来年声をかけてみてください。全国各地にお友達ができますよ♪

令和8年盂蘭盆会・新盆家供養

8月13日18時30分より、盂蘭盆会および新盆供養法要を行いました。新盆家、一般檀信徒あわせて60名ほどのご参加をいただき、皆さんと一緒におつとめすることができました。

お盆は「盂蘭盆うらぼん」の略語といわれています。「盂蘭盆」はサンスクリット語の「ウランバナ」の音を漢字にあてたもので、「逆さ吊り」という意味を持ちます。中国には『盂蘭盆経うらぼんきょう』という経典があり、そこに説かれている以下のエピソードが起源となった先祖供養の風習がお盆の起源です。

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お釈迦様の弟子のひとりに目連(もくれん)というお弟子さんがいました。目連は神通力(超能力)を持っていたため「神通第一」と呼ばれていました。

ある日、亡くなった自分の母が今どこにいるかその神通力で見てみたところ、母親は餓鬼(がき)道(どう)という、飢えと渇きに苦しむ世界に落ちていました。

かわいそうに思った目連は、ご飯を持って母親のところへ行きます。でも母親が口に運ぼうとすると、そのご飯が燃え上がってしまって、結局食べられない…

どうしたらいいかわからず、目連はお釈迦様に相談します。するとお釈迦様は、「お前がどんな力を持っていても、一人ではお母さんを救えない。7月15日、修行僧たちがちょうど夏の修行を終える日に、いろんなご馳走や果物を用意して、たくさんのお坊さんたちに布施をしなさい。そうすればその功徳によって、お母さんだけでなく、七代前までのご先祖様も救われるであろう」とおっしゃいました。

目連がその通りに供養を施すと、母親は餓鬼道の苦しみから救われました。
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富士・富士宮地区では8月13日から16日がお盆の時期にあたり、仏壇をきれいにし、僧侶による棚経を受け、ご先祖様をお迎えする準備を行います。

また当山では、毎年8月13日、盂蘭盆会(うらぼんえ)にあわせ新盆家供養を行っています。新盆家からはお布施をいただき、当日お参りいただくみなさんへの供物を用意しています。新盆を迎える檀家さんには少し早めに来ていただき、供物の袋詰めを一緒に行いました。

法要では新盆を迎える祖霊を一人ずつ読み上げ念仏回向し、互いにとって大切な人の供養を共に行いました。また、法要後には用意した供物を新盆家からお参りの方々にお渡しただきました。

今年は4月末に先代住職の内室がお浄土に旅立たれましたので、当山にとっても新盆を迎えることになりました。多くの方にお参りいただいたことで、先代住職とともにきっと喜んでお帰り下さることでしょう。こうしてお盆のお迎えの準備がみなさまと一緒にできたことにほっといたしました。

暑い中、ともに手を合わせお参り下さった皆様、お手伝いいただいた新盆家の皆様、誠にありがとうございました。

南無阿弥陀仏

令和8年 棚経の日程

8月に入ると、富士富士宮地区はお盆の本番を迎えます。
毎年、ご先祖様をお迎えするため仏壇での回向を行っております。
今年も上記の日程表の通り、それぞれのお家にお参りさせていただく予定です。
ご都合が悪い場合はご一報いただければ幸いです。

僧侶が棚経にお参りに伺った際は、どうぞご一緒にお参りください。
お十念だけでも結構です。皆様の声がご先祖様にとっても何よりの供養となると思います。

南無阿弥陀仏

中島地区子育て地蔵尊の祭礼

7月18日、中島地区の子育て地蔵尊の祭礼にて法要をおつとめしました。

今年は子どもの数が少なくなったため神輿はなく祭礼のみとなりましたが、炎天下の中、区長さんをはじめとする地域の方々やお子さんが参加くださり、無事お勤めすることができました。

この地蔵尊の祭礼は、篤信の檀家様によって昭和6年(1931年)この地を当山の境内地としてご寄進いただいたことに端を発します。以来、95年にわたって連綿と受け継がれてまいしました。

その頃の法源寺はというと先々代が住職を務めていた頃でしょう。その後、先代・功旭上人に引き継がれ、現住職・裕功上人に引き継がれ、そして私と、四代にわたって地域の安寧と子供の成長を祈願する法要をつとめてまいりました。きっと、この日お参りの地域の古老の方々も子どもの頃から参加していたに違いありません。

この日は梅雨明け前とはいえ地獄のような暑さでしたので、法話では地獄とお地蔵様の関係について以下のようなお話をいたしました。

地獄といえば閻魔大王を思い浮かべる人も多いでしょう。人が亡くなると、まず奪衣婆に服を脱がされ、その服の重さで生前の罪の重さを計られます。木の枝にかけてそのしなり具合を見るのですが、罪が重い人ほど枝が下までしなるというわけです。

この罪の重さにより、川を渡る場所が決まりました。罪深い者は深く流れの急なところを泳いで、罪が軽い者は浅瀬を歩いて、そして、罪がほとんどない者は橋を使って向こう岸へ渡ります。このわたる場所が三か所あることからあの世とこの世を分ける川を「三途の川」といったのです。

川を渡ると、極楽に行くか地獄に行くか、閻魔大王の裁きが待っています。浄玻璃の鏡に姿を映すと、隠してきた悪事も露わになってしまいます。一切ごまかしがきかないのです。そうして生前の罪を吟味し、私たちを裁くのです。

さて、『地蔵十王経』というお経には、この閻魔大王は地蔵菩薩の化身であると示されています。なんと実はこの閻魔様、本当の姿はお地蔵様だというのです。意外ですよね。

人が亡くなると七日ごと、初七日、二七日、三七日・・・と供養をして(七本塔婆を裏返していく)と聞いたことがあるでしょう。実はその七日ごとに私たちは裁きを受け、次のステージへと進んでいくのです。そして、七七日(四十九日)は次の生が決まるとされています。

閻魔大王が登場するのは五七日。地方によっては葬儀の後に、続いて三十五日法要を執り行うところもあるようです。生きているものが功徳を積み、その功徳を亡き人に振り向けることで罪障消滅をお願いするというわけですね。

しかし、閻魔様は私たちを地獄に落としたいわけではありません。できることなら、これを機縁に仏道に心を寄せてほしい、極楽浄土に行ってほしいと思っています。そのためあんなに厳しいお顔でいらっしゃるのです。なんだか、部活動の怖い監督みたいな感じですね。

でも、閻魔大王の本当のお姿がお地蔵様だと聞くと、少し安心しませんか。あんなに恐ろしいお顔をなさっているのは、私たちを懲らしめたいからではなく、なんとか仏様の道に引き戻したいという、厳しい愛情の表れだったのです。

お地蔵様は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天という六道すべてを巡り、そこで苦しむ者を一人残らず救い上げるまでは、ご自身は仏にならないという誓いを立てられました。とりわけ最も苦しみ深い地獄にまで、自ら出向いて救ってくださる。そういう仏さまがこの地を長らく守って下さったことともに感謝し、これからも大切にお祀りしていきましょう。

こうした伝統ある行事が連綿と受け継がれていくお手伝いをさせていただいたことにありがたく思いました。

南無地蔵尊

法源寺第二十三世内室 四十九日法要

6月7日、法源寺第二十三世髙瀨功旭上人 内室 髙瀨美智枝の四十九日法要(満中陰法要)を親族のみで行いました。先代内室には子が2人、孫が6人、ひ孫が11人います。それぞれの伴侶を合わせると、親族のみといっても総勢27名でのにぎやかな法要となりました。

当山のある地域では写真にあるような七本塔婆を用意し、七日ごとの供養が終わるたびに裏返していきます。当日は立ち日(命日)からすると六七日法要にあたりますが、皆がそろうこの日に七七日(満中陰)法要を営みました。

雨が心配される天候でしたが、納骨まではなんとか降らず、無事お勤めすることができました。納骨後は、お斎の席があり、先代内室の写真を見ながら思い出話に花を咲かせました。

こういう機会を大切にしていきたいと思います。

南無阿弥陀仏

令和7年度岳陽組檀信徒総会

5月23日、富士宮の大頂寺さまにて岳陽組の檀信徒総会が行われました。令和7年度の事業報告と決算報告、そして令和8年度の事業計画案と予算案が審議され、無事承認をいただきました。

今年度は9月17日に大井川文化会館で教区檀信徒大会が行われるほか、11月末には岳陽組としてのおてつぎ信行奉仕団の予定がございます。ぜひ多くの方にご参加いただけたらありがたいです。【教区檀信徒大会の様子】 【おてつぎ信行奉仕団の様子】

総会の後は浄土宗特任布教師で、知恩院、増上寺、金戒光明寺と総・大本山の布教師をつとめていらっしゃる樋口法生上人(宮城教区・慈恩寺住職)をお招きし、「震災を通じ本願をかみしめる」と題した法話をいただきました。

樋口上人のご出身は宮城県石巻市。東日本大震災の津波で大きな被害を受けた地域の一つです。津波で流された方の遺体が数多く収容され、その遺体の火葬が間に合わず、仮埋葬(土葬)という形で次々と埋葬されていきましたが、遺族からはせめて火葬だけはしてあげたいとの願いで山形県や岩手県の自治体での火葬を行う人も少なくなかったようです。

辛い別れを経験した遺族は故人に対し、安らかに、そしてもうこれ以上苦しむことがないように、との思いが強かったとのこと。何ができるわけでもありませんが、浄土宗僧侶としてただ一つ言えることは、阿弥陀様はどんな方でも救い取って下さる。阿弥陀様のいる極楽浄土は心安らかになれる場所であるということだけであると。

こうした震災当時のお話を交えながら、法然上人の御法語にある「ある時には世間の無常なることを思いてこの世のいくほどなきことを知れ。ある時には仏の本願を思いて必ず迎え給(たま)えと申せ」という一節を解説くださいました。

現代語訳するなら「ある時には、世間が無常であることを思って、この人生がさほど長くないことをわきまえなさい。またある時には、阿弥陀仏の本願を思って、「必ず極楽へお迎えください」と口に出しなさい」となるでしょう。

私たち凡夫は、限りある命、この世は無常と頭で知ってはいても、命がいつまでも続くがごとく日々を過ごしています。そう思わずに、阿弥陀様のわが名を称えるすべての人を極楽浄土に迎え入れるという誓い(本願)を頼みに念仏に励みましょうということです。

ご自身の体験から実感を得て語られる力強いお言葉に、多くの聴衆が深くうなずいておりました。心に染み入るご法話を頂戴し、まことに良きお時間を過ごさせていただきました。

南無阿弥陀仏

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