【7月の言葉】当たり前と思うあやうさ

多くのつながりに支えられている日常。
当然と思っていると、
思わぬほころびにつながることも。
Be aware that every day consists of delicate balancing.
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浄土宗月訓カレンダーの7月の言葉。
字は大本山清浄華院第83世法主飯田実雄台下の揮ごうです。
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「当たり前」の対義語は何でしょう?

「有り難い」です。めったにないという意味ですが、感謝を伝えるときに口にする「ありがとう」の語源でもあります。

そう、私たちは日常の生活がいつでも変わらずそこにあるものと思い漫然と過ごしています。ひとたび、病気になったり、怪我をしたりすると、健康でいることの有り難さをヒシと感じるわけですが、のど元過ぎれば何とやらで、身体が回復すれば元気でいることが当たり前と思い、また不摂生な生活に戻ってしまいます。

健康だけではありません。
こうして生を受け、今ここにあること自体も当たり前と思っています。

地球に生物は約175万種いるといわれています。そのうち、ほ乳類は6000種。数ある生き物の中で、ほ乳類に生まれてくることも大変ですが、ほ乳類の中で人間として生まれてくることはさらに大変です。単純に計算すれば6000分の1ですから、0.017%ということになります。

そう考えれば、まず人として生を受けること自体が極めて有り難いことであると気づくのではないでしょうか。

『華厳経』の中に、三帰依文と呼ばれる一説があります。お釈迦様の時代から、仏・法・僧に帰依する、すなわち仏道に入門しようと決意した弟子が唱える経文として知られています。

人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。
この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。
大衆もろともに、至心に三宝に帰依し奉るべし

この世に、人として生を受ける有り難さは先ほど述べた通りですが、人として生まれた中で仏教に巡り合える人はどのくらいでしょうか。現在の世界の人口は約79億人といわれています。世界の仏教徒人口は約5億人ですから、世界の総人口の6%ぐらいにあたります。

世界の仏教徒はスリランカ、タイ、ミャンマー、中国、韓国、台湾など日本以外にもいますが、日本だけでは8000万人くらいといわれています。79億分の8000万ですから、確率的には1%を若干超えるくらいです。

このなかで、浄土宗の教えに出会える人はどのくらいでしょうか…。さらに少なくなることは間違いありません。こう考えると、仏教、ましてや浄土宗の教えに出会えることもまた極めて有り難いことであると気づくでしょう。

こうして、希少な確率として人として生まれ、なかなか出会うことない仏教の教えに触れたのだから、この世でさとりを得るよう努力しなければ、次はいったいいつこのような機会に恵まれるだろうか。心から仏法僧に身を任せ、仏道修行に励みましょう。というのが『三帰依文』の趣旨です。

当たり前と思うあやうさ

仏教徒であること、菩提寺があること、先祖のお墓があること、どれも当たり前ではありません。そして、それらは自分一人でなしえたことではなく、先人たち、そして、周りの人たちとの縁によってもたらされた部分が大きくあるのではないでしょうか。

普段身近にあること、変わらないと思っていることに有り難味を感じることは少ないかもしれません。毎日とはいいませんが、たまにはその「当たり前」がどのように成り立っているのか、誰によって支えられているのか思いを巡らしてみると、物事に対して別の見方が出てくることでしょう。有り難味に気づくと、自然と感謝の念も湧き上がってきますよね。

まもなくお盆の季節がやってまいります。
みなさんがここにこうしている「有り難さ」を、ぜひご先祖様にもお伝えください。

南無阿弥陀仏

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